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講 師 紹 介
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| 【やよい塾実行委員長サコが書いた勝手な講師紹介】 ○ 藤田憲司氏〜倉敷考古館に勤務した20代に山陰の弥生土器研究で名をはせた。それから30年、関西人になった今でも山陰への思い入れは醒めやらず。きっと2000年前は、山陰人だったに違いない。 ○ 柳本照男氏〜古墳時代の研究者。韓国の考古学にも詳しく、第4期のやよい塾修学旅行「韓国遺跡見学ツアー」の企画・引率をしてくれた。毎年、夏は隠岐で魚釣り。お祖父さんは出雲の人。きっと2000年前に、韓半島から出雲に漂着した漁民の子孫に違いない。 ○ 杉谷愛象氏〜福市・青木遺跡、尾高朝山遺跡など、米子の代表的な弥生遺跡の発掘に携わる。大山町民だから妻木晩田への思いも格別。きっと2000年前は、妻木晩田ムラの青年団長だったに違いない。 ○ 坪井清足氏〜元文化庁文化財監査官、元奈良国立文化財研究所の所長、いまの文化庁を作ったみたいな先生。戦後の日本考古学の歴史そのもの。日本全国はもとより世界あちこちの遺跡や博物館に精通されておられる。妻木晩田遺跡の今後のために、聞きたいことが山ほどある。 ○ 金関恕氏〜弥生文化研究の第一人者&妻木晩田遺跡基本計画策定委員会の委員長&「むきばんだやよい塾」塾長&あちこちの委員とか委員長とかで、超多忙。世界を視野にいれた先生の博識とユーモア溢れるお話は、時を忘れるほどに惹きつけられる。 ○ 門脇禎二氏〜古代史の大御所。出雲・丹後・吉備など、地域の古代史像を描き出し、そこから日本という国の歴史を考えようというスタンスは、地域の人々を勇気づける。日本海文化に先鞭をつけた先生でもある。山陰の古代史は、門脇先生の研究抜きでは語れない。坪井先生、金関先生とはご学友。 ○ 山崎純男氏〜考古学のために生まれてきたみたいな人。板付遺跡で日本最古の水田をみつけて教科書を書き換えた発掘の神様。山崎さんが発掘すると、"凄い遺跡"になる。が、捏造ではありません。ピピピっとくるんです。きっと、縄文人が間違えて20世紀に生まれてしまったに違いない。 ○ 河瀬正利氏〜中国山地をはさんで、山陰も山陽も鉄生産の盛んなところ。山陰の弥生時代の鉄器文化は、北部九州や畿内、瀬戸内とも違う個性があるらしい。鉄のことなら、まかせ! きっと2000年前は、鉄器作り職人の親分だったに違いない。 ○ 和田晴吾氏〜鳥取県文化財審議委員、日本遺跡学会副会長。古墳から、いろんな歴史を描いてみせる。とくに石棺の研究が有名。古墳=お墓とお棺という、ちょっと暗い世界に没頭するも、いつもニコニコ朗らか愉快。きっと1400年前、石棺作りの職人だったに違いない。 ○ 狩野久氏〜先生のゼミの院生に「先生は、どうですか?」と尋ねれば、「いやぁ〜、大好き!癒されていますぅ〜」と。そうだよなぁ〜という先生のお人柄。奈良国立文化財研究所で、平城京や藤原京で出土する木簡の研究に携わる。狩野マジックで、木の札から古代人達の息づかいが聞えてくる。 ○ 下條信行氏〜既出の某講師によれば「福岡、京都、愛媛をわたり歩いた西国考古学のキ(奇、鬼、貴)人」。いえ絶対に「貴人」です。弥生のことなら、なんでもまかせ!愛媛では、市民団体とともにユニークな遺跡活用のとりくみも。ダンディ下條は、きっと2000前にも、弥生女達にモテたに違いない。 ○ 高倉洋彰氏〜いまや九州島の考古学をしきる大御所の一人。中国・韓国をまたにかける。奈良時代からの歴史を誇る名刹・観世音寺のご住職でもある。昨年6月に米子市で開催した山陰遺跡ネットワーク会議米子大会に来て、やよい塾にはまった。きっと2000年前は、奴国の王様だったに違いない。 ○ 佐古和枝〜むきばんだ応援団副団長&山陰遺跡ネットワーク会議代表。「大学の授業の傍ら、妻木晩田遺跡の普及活用に励む」と紹介されたら、ある人が「妻木晩田の傍らに授業をしてるんでしょ?」と。きっと2000年前は、妻木晩田ムラの不良娘だったに違いない。 ○ 岡村道雄氏〜妻木晩田遺跡が保存で揉めてた時、文化庁を代表して再三テレビやマスコミに登場し、保存の必要を訴えてくれた。だから、文化庁から離れても、妻木晩田遺跡とはずっとつきあっていくと。専門は縄文時代。きっと3000年前、稲作文化に抵抗する縄文人だったに違いない。 |
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